プリンススカイライン 2000GT-B

No.175
stand.pngレア☆☆☆☆☆
名前プリンススカイライン 2000GT-B
型式S54B
メーカー日産
ボディタイプセダン
コスト15
SDキャラクター・アニメーション
sd_stand.pngsd_run.png
※サイコロの画像※リーダースキル羊の皮を着た狼
([セダン]の[馬力]を【1.3】倍)
スキルクリティカルダイス[4]
(4の目でサイコロを振り直し、出た目の合計分進む)
レベルLV1LV50LV99
馬力4,890※不明14,474
技量4,320※不明12,787
忍耐5,550※不明16,428

台詞一覧(CV:折井あゆみ)

納車日産 プリンススカイラインと言います。鈴鹿サーキットでお馬さんチームと勝負したときみたいに、監督のために頑張ります!
ホーム画面1もふもふ羊さん!めぇー!めぇー!
ホーム画面2狼さんだぞー!がおー!
ホーム画面3お馬さん…そりゃぁぁ!
ホーム画面4お兄ぃちゃんは羊と狼どっちが好きですか?
ホーム画面5プリンスのお家と日産のお家ががったいしたから、私の名字は日産なんだってー。だっつん?も優しいし日産のお家すきー!
ホーム画面6ドイツのお馬さんチームはね、すっごーく速かったよ!私とおんなじくらいの大きさなのになんであんなに速いのかなぁ。
ホーム画面7がおー!私は狼さんだぞー!狼さんはお兄ぃちゃんをお持ち帰りするのだー!…お持ち帰りってなに?
ガチャ日産ファミリーが増えるといいねー!
レースかけっこ!よーいどーん!
サイコロ決定それ!
スキル発動コーナーで引っこ抜く!!
加速マス前に出る!!
Uターンマスはにゃっ!
カーブマスうぅ~…
止まれマスおすわりっ!
チャージマスあおぉ~~ん!
もう一度マスおかわりっ!
スコアマスいいタイムだ!
アイテムマス勝ちに手段は問わない!
勝利え?一位なんですか!?やったー!次はお馬さんチームに勝ちます!!
敗北うぅ、羊はおとなしくお家に帰りますぅ。

ゲームにおいて

  • 2016年3月24日に実装。
  • プレミアムガチャにて入手可能。

実車に関する小ネタ等

  • 日本の一時代を築いたスカイライン。そのルーツは戦前にまで遡る。スカイラインを世に送り出した「プリンス自動車工業」は、もともと航空機を製造する「立川飛行機」から始まった。戦後GHQによって解体された立川飛行機の技術者たちは、電気自動車の製造を目的に、1947年「東京電気自動車」を設立。その後「たま電気自動車」「たま自動車」と社名を変え、1952年にガソリン車の「プリンス」を発売したことから、社名を「プリンス自動車工業」とした。それから5年。1957年、ついに初代スカイラインが誕生した。
  • 時は少し進んで1963年、第一回日本グランプリが開催され、日本のモータースポーツが幕を開けた。日本のメーカーに混ざり、トライアンフやMGBなどの外国勢も参加する中、高性能を謳うプリンスに人々の視線が集まった。しかし、事前に結ばれた「車は市販状態に近いものを使用する」という紳士協定を順守したプリンスは、無残にも惨敗を喫した。他社の車にはすべて高度なチューニングが加えられていたのである。結果、世間から"プリンスの言う「高性能」は嘘っぱち"という押印を押されてしまうのだった。
  • そこでプリンスの首脳陣はある指令を出した。その指令とは、「来年は勝て」「とにかく勝て」というものだった。当時1500ccのスカイラインがあり、1500ccクラスでは良い成績を残していた。しかし下位クラスである1500ccクラスでの勝利はインパクトに欠けていた。そこで一つ上のGT(グランドツーリング)クラスに出場し総合優勝を狙うことを計画したプリンスだったが、その当時グランプリで総合優勝しうる車がプリンスには無かった。しかしパワーウエイトレシオやその他諸々を考えていくと、プリンスの技術者たちはある可能性に行きつく。それは、「どうもスカイラインにグロリアのエンジンを積んだら、いけるぞ」というものであった。
    • スカイラインにグロリアスーパー6用のG7型2リッター直列6気筒エンジンを搭載する案だが、もともと直4エンジンを搭載するために設計されたスカイラインに20cmも大きな直6エンジンが乗るわけがなかった。そこでプリンスは、バルクヘッドより前を切断し、ボディを継ぎ足して20cm延長することを考案。「そんなバカなことができるはずがない」と言った技術者たちであったが、すぐに設計に入った。フロントアクスルもキャブレターも20cm前進するため、ステアリングロッドや配管・配線も継ぎ足し継ぎ足しの突貫工事で間に合わせた。どうにか完成した試作車をテストコースに持って行って走らせてみると、これが思い通りに走らないこと走らないこと。その時の印象について、ドライバーの砂子義一氏は「乗ったら、もうじゃじゃ馬どころの騒ぎじゃないよね。曲がれない止まれないじゃん。だからもう…。あとタイヤも滑るからちょっとアクセル開けたらケツが『ヒャーッ』と流れるわけ」と語る。"スカイラインの父"こと櫻井眞一郎氏はこう語る。「フロントピラーから前を20cm伸ばしちゃいますと、もう捩り剛性が弱くなっちゃってですね、ハンドルを切っても曲がらないんですよ。ワーッと飛んでってハンドル切るとですね、曲がらないくせにちょっと遅れてグーッと曲がるんですよ。で、危ねって言ってハンドル戻しても戻んない、遅れて戻ってくる。こりゃあもう捩り剛性も曲げ剛性も足んねぇってことでパッチ当てて補強してですね、どうにかやっと、走るようになったんです。これで鈴鹿に持ってって走ったらこれがまたものすごく速いんですよ。それで、並み居って練習してるヨーロッパの車も全然ウチの車には追いつけないんですよ」。
  • 1964年、迎えた第二回日本グランプリ。前回の雪辱を果たすため、プリンスは満を持して17万の観衆を集めた鈴鹿サーキットに乗り込んだ。
    • 砂子氏は第二回グランプリをこう語る。「1500、グロリアの2000、そして2000GT(2000GT-B)が全部タイトルを獲ると思ってたのよ。そしたら見たこともねぇようなかぁっこいいカレラ4(ポルシェ904)が来ちゃったわけ!あれと競走したって負けるぜぇっつって(笑)。そしたら式場(904のドライバー)がプラクティスの時にぶっつけてねぇ、壊しちゃったわけよ。そんなもんで(904は)絶対出れないと思ったわけ。そういうわけで「これで勝ったぜ」って、そう思ってたんだけど、なんせスタート前にギリギリ(修理が)間に合ってカレラ4が来ちゃったわけだ。だから一緒に走ることになっちゃったわけ」。
    • このレースで、スカイライン史上最初の伝説が誕生した。スカイライン2000GT-Bは、7周目のヘアピンカーブで周回遅れの車を抜きあぐねて減速していたポルシェ904を上手く抜き去り、最終コーナーからトップで姿を現したのだ。予想もしなかった信じられない出来事に、鈴鹿のメインスタンドの大観衆は総立ちで声援を送り、地響きのような大歓声が沸き起こったのだった。その後ポルシェが再びトップに立って逃げ切り、プリンスの総合優勝は成らなかった。わずか1周にも満たないトップの座だったが、国産車がヨーロッパの一流スポーツカーよりも前を走ったという「事件」の反響は大きく、翌日のスポーツ新聞には『泣くなスカイライン、鈴鹿の華』という大見出しが踊った。他のどのメーカーも敵わなかったポルシェに果敢に立ち向かい、一時ではあるがトップを奪った2000GT-Bの戦いぶりが称えられたのだ。プリンスの名が地に落ちた第一回日本グランプリから、およそ1年が経っていた。
    • これを機に、スカイライン2000GT-Bは「スカG」と呼ばれ、純レーシングカーともいえるポルシェ904を脅かした性能ながら外見は一般的なセダンのようであることから、"羊の皮をかぶった狼"の称号を与えられたのだった。
    • ちなみに、この時ポルシェを抜いてトップに立った2000GT-Bは生沢徹選手が駆る個体であったが、そのトレードマークはボディに走る2本の赤いストライプ41番のゼッケンであった。この車なごにも、その意匠が取り入れられている。
  • R32型スカイラインの商品主管、伊藤修令氏は語る。「GT-Rの原点は"54"(『ゴーヨン』/プリンススカイライン2000GT-Bの車両型式"S54B"のこと)だと。"54"は、第一回のグランプリで惨敗したために、第二回ではなんとか社運を掛けてでも勝たなきゃいけないと。結果としてはポルシェの904には負けましたけど、2位から6位までを独占して圧勝したわけですよね。それから"走りのスカイライン"というイメージが出来て、それが今までずっと受け継がれてるんだと思いますね」。
  • この車の築いた伝説が、後に"R"のエンブレムを掲げるに繋がっていくのは、監督諸兄もご存知の通りだろう。

実車に関するサイト情報

この車なごについてのコメント

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • RX7サバンナ参戦フラグ?いやその前にFDを・・・・ -- 2016-03-25 (金) 20:39:10
    • GT-Bのページで何言ってんの…? -- 2016-03-26 (土) 10:35:50
  • [] -- 2016-03-25 (金) 23:59:23
  • え?胸小さいの(^_^;)?だって、直6積むために寄せて上げ(ノーズ延ばし)て・・・・(^_^;) -- 2016-03-26 (土) 00:02:35
    • あの頃の車はみんな小柄だからねぇ。この子も車幅150センチないんだから… -- 2016-03-26 (土) 11:19:05
  • 上の実車のネタを読むうちに好きになってしまいました(^^)この子から後のR世代に繋がっていったんですね♪またとにかく可愛い! -- 大輝? 2016-03-26 (土) 01:12:08
    • 多分、今同じようなことやったらしょっ引かれそう。60年代ならではの相当のムチャ振りですよ。 -- 2016-03-26 (土) 22:12:31
      • プリンスという会社が「レースに勝つんだ!」と会社一丸となっていたからこそ通った案ですよね。今の利益最優先の会社とは違ってた -- 2016-03-27 (日) 09:14:29
  • Lv1のステータス間違えてない? -- 2016-03-26 (土) 15:04:49
    • 修正しました -- 2016-03-26 (土) 16:49:13
  • 「泣くなスカイライン」か。あの頃はマスコミも(車に対して)あったかいねぇ -- 2016-03-27 (日) 09:23:39
  • 忍耐が高めのステータスが粋だねぇ -- 2016-03-28 (月) 15:52:07
  • レース前に話した「冗談」に敢えて乗っかった相手ドライバーも粋だよなぁ。男同士の友情と様々な偶然が重なったからこそ出来た一瞬の出来事だったんだと思う。 -- 2016-03-29 (火) 16:52:52
  • R35がデビューした時はやたら911と比べられてたけど、ポルシェとのそういう関係はこの頃からなんだな -- 2016-03-30 (水) 01:44:14
  • やたらみんな勘違いしてハコスカから羊の皮を被った狼が来てると思ってる人がいるけどこっちが元祖なんだよなぁ…櫻井さんは本当に素晴らしいクルマを作って下さった マイチェン前のS54B-1/2型についていた縦グリルのがカッコ良くて好きなんだよなぁ -- 黒召? 2016-04-09 (土) 02:49:42
  • 確か、羊の皮を被った狼という言葉を作ったのは、元東京新聞の三本さんじゃなかったっけ? -- 2016-04-10 (日) 18:14:05
    • プリンス側から狼呼ばわりとはなんだとクレームが来たのに日産と合併した頃からいつの間にかメーカーがキャッチコピーに使ってたと今でも腑に落ちないようです -- 2016-05-22 (日) 23:14:05
  • プリンスを出してくれるとは感激ですね。日産車ってことで3型なのかな? -- ラビ? 2016-04-16 (土) 00:24:37
  • 「かぁちゃん何ロリってんの?」(147車なご)「うちは元々1500だし(当時は)グロリア姉ぇちゃんが絶対王政だし(-_-)」(その上にプリンスロイヤル「皇室仕様」も居たもんな) -- 2016-05-08 (日) 00:25:03
    • かあちゃん?ちょっと何言ってるかわからないです -- 2016-05-09 (月) 18:04:56
  • 当時スカイラインと対決したポルシェ904の式場壮吉氏もついに故人になっちまったが・・・ -- 2016-05-22 (日) 23:18:44
  • ER32 -- 2016-10-14 (金) 20:35:53
    • そういえばR32にも2000ccのGTBってのがありましたが、あちらは・・・ -- 2016-10-14 (金) 20:37:02
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