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*ELISE [#s34cdd1f]
|CENTER:218|CENTER:90|CENTER:90|CENTER:90|CENTER:90|c
|>|>|>|>|~No.004|
|&ref(004.jpg);|>|~名前|>|エリーゼ|
|~|>|~メーカー|>|ロータス|
|~|>|>|>|~ステータス|
|~|~耐久|80|~火力|82|
|~|~装甲|75|~雷装|0|
|~|~回避|24|~対空|31|
|~|~搭載|12|~対潜|0|
|~|~速力|低速|~索敵|12|
|~|~射程|長|~運|20|
|~|>|>|>|~最大消費量|
|BGCOLOR(white):#ref(http://fsv-image.autoc-one.jp/catalog/2/48/1199/1606/8447/1_m.jpg)|~燃料|100|~弾薬|130|
|~|~搭載|>|>|~装備|
|~|3|>|>|[[41cm連装砲]]|
|~|3|>|>|[[14cm単装砲]]|
|~|3|>|>|[[零式水上偵察機]]|
|~|3|>|>|未装備|
|>|>|>|>|~改造チャート|
|>|>|>|>|''長門'' → [[長門改]](Lv30)|
|>|>|>|>|~図鑑説明|
|>|>|>|>|LEFT:八八艦隊計画の第一号艦として生まれた、長門型戦艦のネームシップ、長門だ。&br;大和型が就役するまで、連合艦隊旗艦も務めていたさ。&br;世界のビッグ7と云われてもいたな。|
&br;
*LOTUS ELISE 関連ニュース [#ad125624]
#showrss(http://autoc-one.jp/lotus/elise/article/rss/, default, 10, 0)

*ゲームにおいて [#ec6d76ad]
-栄えある図鑑No.1。通常の建造ないし通常作戦海域でのドロップで出現する艦娘として、最強と云えるパワーを誇る戦艦娘。
--2014年3月28日実装の[[霧島改二]]の登場で火力が2番手に落ちた。しかし差は僅か5でその他の性能ではこちらが上なのでさほどは気にならないが。
//--純粋なパワーは大和型の[[姉>大和]][[妹>武蔵]]の方が上回っているが、大和は大型艦建造でのみ入手可能、武蔵は2013年秋イベントの最終海域クリア報酬なので現在建造不可。
//武蔵は2014/07/04のメンテにて大型艦建造可能になったので修正。
--純粋なパワーは大和型の[[姉>大和]][[妹>武蔵]]の方が上回っているが、大和、武蔵共に大型艦建造以外の入手方法が無い。
-終戦まで生存したことへの評価か、運は初期値で20、改で30と高い。夜戦での一発に最も期待できる戦艦であり、これは大和型や金剛型改二にはない強み。まるゆ素材の改修によりさらにその長所を伸ばすのもよい。
-火力の最大値は[[金剛]]型の98に対し99と、あまりアドバンテージは無いが、対空・耐久については完全に凌駕している。
-耐久の高さはカス当たりの被ダメ増加やフラ戦等にワンパン大破を貰った時の入渠コスト等にも繋がっている為、一概に高い方が良い訳ではないことは注意が必要。
--火力・装甲は初期値がかなり高いため、近代化改装の余地がほとんど無かったりする。
-レア度は現状二番手の6を誇り、その上ドロップ場所がボスのみと限られており非常に入手し辛い。
--南西諸島海域:2-4のボス
--北方海域:駆逐艦でしかボスに行けない3-2を始め、3-3、3-4のボス
--西方海域:4-4のボス
--南方海域:5-5でボスS泥が確認された。
--この中でマシな海域となるとボス前まで固定可能な3-3か4-4、潜水艦なら3-4あたりとなる。
---2-4は羅針盤的にも、戦闘回数的にも不利のためあまり推奨はできない。
---3-2は比較的低コスト、ただし中大破率が高く、運が悪いとお仕置き部屋連行もあるので注意。
---3-3は道中もボスも敵はそれなりのため割かと周回はしやすい。ただしよく家具箱に流れるのはご愛嬌。
---3-4は水上艦隊ならオススメできないが、潜水艦隊なら比較的低コストで周回可能。
---4-4はボス前まで固定はできるがボス前が少し厳しいのとボスに潜水艦が2/3で混じるためS勝利は少し厳しい。
---5-5は絶対にオススメできない。まず道中が鬼畜の上、ボスSも非常に厳しいためである。
-上記のように狙える場所が少ないので、建造の方が早いのでは?との見解もある。
--ちなみに大型建造の最低値でも建造可能である。開発資材は1or20で構わない。
-また、出撃に要する燃料・弾薬のコストが非常に重いのも大きな特徴である。
--特に弾薬については改造前で金剛型の18%増し、改で33%増しの消費量であり、入渠時の鋼材消費量もまさにビッグ7。
計画して運用しないと%%提督諸氏の頭髪が禿げる%%他艦娘達の作戦行動や建造計画に支障が出るほどの資材を食う大食らい。
改造前の方が燃費が良い事は有意であるため、改造前の状態でレベリングを行う事を検討してみても良いかも知れない。ご利用は計画的に。
---もっとも、それでもどこぞの[[姉>大和]][[妹>武蔵]]と比べれば燃費は半分程度であり、遠征や任務による最低限の資材確保を怠りさえしなければそうそう致命的な枯渇を招くことはない。結局は運用する提督の心掛け次第である。


//*史実 [#w687631f]
//|CENTER:80|CENTER:100|CENTER:80|CENTER:240|c
//|~排水量(トン)|39,210|~兵装|41cm連装砲4基/14cm単装砲18門/25mm連装機銃10基(後に大幅増)ほか|
//|~全長(m)|224.94|~その他|搭載機/水上機3機|
//|~全幅(m)|34.59|~起工|1917年8月28日|
//|~馬力|82,000|~進水|1919年11月9日|
//|~最大速(ノット)|24.5(公試)|~竣工|1920年11月25日|
//|~航続距離(浬)|8,650(16ノット)|~喪失||
//|~乗員(名)|1,368|~除籍|1945年9月15日|
//|>|~処分|>|1946年7月29日 第二次原爆実験艦となり沈没|
//角川公式本「艦これ白書」より。
//詳細は[[Wikipedia>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E9%96%80_(%E6%88%A6%E8%89%A6)]]等参照。
//要目一覧は[[提案意見掲示板]]で「無しでいい」という意見に異論でなかったんで一度COで除去
//異論あれば提案意見掲示板へお願いします
*小ネタ [#wb16d8ff]
-艦名の由来は、本州の南西端にあり現在の山口県一帯を含む「長門国」。明治以降、数々の有名政治家を輩出した長州藩が存在していた場所でもある。
--本州北東端にあり津軽海峡を有する青森県他の旧名「[[陸奥]]」と対になっている。
-開戦時の連合艦隊旗艦でありいかにもリーダー然とした武人的なキャラクター。
…のはずの彼女だが、実は一度しか海戦をしたことがない。%%[[赤城]]たち空母に出番を取られてしまった。%%
-公表時にはスペックを偽装され、対外的な最高速度は23ノットと発表されたが、実際の最高速度は26.5ノット。当時の戦艦の速度平均を軽く超えた高速艦だった。
その他[[主砲>41cm連装砲]]の威力等、スペック上は[[陸奥]]共々ビッグ7最強艦。
--ちなみにスペック偽装がバレたきっかけは関東大震災。救援物資を満載して帝都へ最大戦速で急行する途中でイギリスの軽巡「ディスパッチ」に見つかった。
が、各国には半ばバレかけていた時期だったので表だった反応は特になかったらしい。
しかし水面下ではガチで警戒されており、嘘か真か、1930年代にルーズベルト大統領が海軍将校に「日本はいつ占領できるのか?」
と訊いたところ、その海軍将校は「駄目です。日本には長門がいます」と答えたとかいう話がある。
---大艦巨砲主義が幅を利かせていた時代のことだが、それだけの警戒を受けるに足る性能を持っていたことの証左。
勿論額面通りに聞く話ではないが。特に古今東西軍関係者にとって「無理=対策予算寄越せ」である。
---ちなみに長門の建造費は大正5年の価値で4390万円、現在換算で大体3000億円強となる。
--長門型の操艦は日本海軍の戦艦で一番容易だったという当時の現場評価がある。
翻って、一番難しいとされたのが[[伊勢]][[型>日向]]、なにせ、真っすぐ走っててもフラフラしてしまうことがあったほど安定性が悪かったそうだ。((改装を経てかなりマトモになったようである))

-1934-1936年の近代化大改装においてビスマルク級などの条約型新型戦艦に対抗可能な戦闘能力を獲得。誰が呼んだか「最強の旧世代戦艦」。
防御力を中心にかなりの手が加えられ、改装後の主砲塔前盾508ミリ、天蓋250ミリは各国の条約型新型戦艦を含めても世界2位((1位はもちろん[[大和]]型))。
垂直防御も、主砲塔弾薬庫部分は本来の305ミリ装甲の内側に203~356ミリもの傾斜装甲を備え、戦闘距離によっては46cm砲でも撃ち抜けないほどの超重防御を誇る((ただし機関部の垂直防御は新造時と同じなので、ここは各国の条約型新型戦艦に撃たれると危険である))。
--大改装時に船体を延長し、機関も重油専燃になったせいか機関強化がされなかったにもかかわらず、ほとんど速度が落ちなかったという逸話が残っている。((実戦に近い燃料2/3搭載時の過負荷全力運転では、新造時の長門型で25.5~25.9ノット。改装後は同条件で25.3~25.8ノットと誤差の範囲))
最大速力で1ノット以上の差がある大和とレイテ沖を2時間半にわたって駆け回って落伍しなかったあたり、スペック以上の速度を平然と出せたようだ。
--無論これにもちゃんと根拠はある。長門は当初より連合艦隊旗艦として建造されたため、特に機関の強度等に気を使った設計がされていたことによる。
--重巡洋艦と同等の機関に積み替え29ノット級の高速戦艦化する話はあったものの予算不足でボツ。

//26ノットでついていける機動部隊は飛鷹型と加賀ぐらいしかいないので消してみた。 公称28ktが壁と祥鳳で判明してるしその通り
//-上記の通り機動部隊に追随可能な速力はちゃんと出せるのだが、艦これにおいては低速扱い。解せぬ。

-連合艦隊旗艦・ビッグ7最強の名は伊達ではないのだが、どれも過去のものであり、使い道がなく肝心の戦場にはほとんど出してもらえず、[[扶桑]]とともに標的艦役にされたことすらあった。
--唯一と言っていい見せ場はレイテ沖海戦におけるサマール沖海戦だが、ここでもほとんど活躍できていない。
雷撃を受けて、その回避のために[[大和]]と共に敵艦隊とは反対の方向へ遠ざかってしまった。このため艦隊のほぼ最後尾に位置することになった。
また先頭で敵艦隊を追撃していた重巡に大被害が出たこともあり、結局追撃を途中で打ち切ったという不完全燃焼な結果に。
---またレイテからの帰路では米潜水艦「シーライオン」からの雷撃を受けるが当たらず、その流れ弾が[[浦風]]を直撃・轟沈、同じく被雷した[[金剛]]も沈没している。&br;

-大戦末期に重油不足から特殊警備艦(要は軍港に係留して浮き砲台として運用するということ)に艦種変更、横須賀港に係留されていた。
その姿は「もはや2度と出撃機会はないだろうから」と、副砲や高角砲などの兵装はおろか、航海に必要なマストや煙突などをも撤去された無残な姿だった。
--[[榛名]]も相当数の兵装が撤去されており、兵装が比較的まともに残っていたのは[[伊勢]]・[[日向]]くらいであった。
しかし航海用の艤装までも撤去されたのは、当時生き残っていた戦艦4隻のうちでも長門のみである。→[[戦後撮られたカラー映像>http://www.nicovideo.jp/watch/sm22237951]](2:00-4:10)
--1945年7月18日に米空母「エセックス」「シャングリラ」「ベロー・ウッド」「ランドルフ」搭載機の攻撃を受けて艦橋を破壊され、艦長以下主要乗組員の大半が戦死。
後任艦長が発令された段階で、修復されることなく終戦を迎えた。
-終戦後アメリカが接収、ビキニ環礁にて実施された核実験「オペレーション・クロスロード」に、[[酒匂]]とともに標的艦として参加。
中破判定を受けた状態で、母国を蹂躙した非人道的兵器に対する無言の抗議の如く二度の被爆に耐え、さらにその後4日間は海上に在り続けたが、
1946年7月28日深夜から29日未明の間に、誰にも看取られることなく静かに眠りにつく。 捕虜になる事を拒んだ武人のように、 人知れず自決したかのような最期だった。
--1回目(ABLE:空中爆発)の爆心地([[酒匂]])に近い戦艦の順番はネヴァダ(本来の爆心地)700m程度・アーカンソー700m程度・長門1500m程度の順。
2回目(BAKER:水中爆発)では、ネヴァダは爆心から遠く離れた所に居たため沈まなかったが、爆心地近くのアーカンソーは沈没、長門とほぼ同じ距離にいた正規空母「サラトガ」も7時間後に沈没した。
しかし、''長門は爆心地にある程度近い位置にいながら二度の核実験に僅かに傾斜するも耐えた。''
特にBAKER時には艦首に穴を開けられ、さらに機雷を艦体に括り付けられたという念の入れようである。
//が、同様の処置を施され、さらに爆心の近くにいたドイツ重巡「プリンツ・オイゲン」はついに沈まなかった。
//プリンツ・オイゲンが長門より近かったという資料が見当たらないためコメントアウト。確度が高いはずの英語版Wikiの資料では、長門の倍は遠い位置にある。
長門沈まずの報を聞いた元艦長夫人は 「幾万もの英霊たちが水底をささえているのですよ」と語ったそうだ。

--なお、「この光景を見たアメリカの調査団が長門のことを"Old Navy Never Die"(海の古強者は死なず)と評した」という話が広く伝わっている。
だが実際にはクロスロード作戦で標的艦となったが最後まで沈まなかった米戦艦「ニューヨーク」のことを"Old Sailors Never Die"と評したのが混同されて伝わったようである。
---ただし、噂ではその言葉は長門の艦橋に書き残されたが、ニューヨークの文字が書かれたところは左舷。別々の逸話の可能性もある。

--また、[[沈没状態とはいえ船体の現存する唯一のビッグ7>http://www.flickr.com/photos/rjdiver/88877473/]]で、同地の貴重な観光資源。ただし核実験の影響を鑑み接触禁止。
---もっとも[[こちら>http://divinfo.blog.fc2.com/blog-entry-21.html#comment1]]の資料によるとそもそもそう簡単には到達できないらしい。現実世界においても、彼女に会うためには米帝プレイと運、そして高い%%司令部レベル%%潜水経験が必要なようである。
--なお、クロスロード作戦の1回目の実験の直後に発表された水着が「ビキニ」である。その大胆さが周囲に与える破壊力を原爆にたとえたものだという。
「水爆実験になぞらえて」と説明されることがあるが、これは誤り。ビキニ環礁での最初の水爆実験は1954年であり、このときは日本の遠洋漁船「第五福竜丸」が被曝している。


-新造時や開戦時は戦艦らしいプロポーションを誇るが、一時期妙な煙突配置に改装されたことがある。通称「長靴」。しかし、これはこれで当時の子供達に人気があったらしい。
--これは、当時2本あった煙突の設計が悪かったため、前部煙突の排煙が艦橋方向に逆流してしまったことが理由。階級が上の人ほど煙でススまみれになるという異常事態だったそうな。
--また、終戦直前には特殊警備艦へと艦種が変更され副砲・対空兵装撤去、後部マスト・煙突が切り落とされバランスの悪い見た目になっている。

-大戦中、大和の存在は極秘であったため、当時の国民にとって帝国海軍の象徴は長門だった。
--当時の軍オタ少年は戦艦長門派と空母赤城派が2大勢力で、これに水雷戦隊派が絡む展開。
--「陸奥と長門は日本の誇り」とカルタ((講談社の「少年倶楽部」1930年新春号附録の新案物識りかるた。この中には「鎮守府 横須賀 呉佐世保」という札もあったりする))に詠まれる程広く国民に親しまれ、一般家庭に写真が飾られるなど人気が高かった。(実は一般国民にはカルタの順番を見て分かる通り[[陸奥]]の方が知名度・人気が高かったのは内緒だ)

-金剛型と同じく主砲が連装4基で容姿が多少似ている。開戦時の見分け方は金剛型が煙突が2本で三番砲塔と四番砲塔の間に航空艤装があり離れていて、
長門型は煙突が1本で後艦橋と三番砲塔の間に航空艤装があり、三番砲塔と四番砲塔が背負い式で隣り合ってること。
ただ、竣工時や先述の長靴状態の長門は後期の金剛と同じく二本煙突だったりするので注意。

-長門と陸奥の改装後の手っ取り早い見分け方は、副砲の不自然な穴があるかないか。改装時に副砲が20門から18門に減っているのだが、改装の予算の都合か
なにやら明らかに副砲がついていた穴があってむずがゆい見た目をしているのが長門、ないのが陸奥。
具体的には改装後の長門の側面前部に副砲が上3つ、下4つ並んでいるが、4つ並んだ手前に砲のあった跡のような穴があったら長門の方である。

-その容姿のせいか、艦これの話題で対魔忍or対魔艦という言葉が出たらほぼ確実に長門のことを指す。%%元ネタの名前は赤城の方が近いのに%% %%雪風なんてそのまま%%

-艦これ起動時や読み込み時に表示される艦影(通称ぷかぷか丸)は形状から恐らく改装後の長門型だと思われる。
-ちなみに連合艦隊司令部は長門から陸奥、大和と変わり、後に大淀(艦これ未実装)から、遂に昭和19年9月には慶応大学構内へと移る。
//&color(Silver){%%実は慶応も立派な艦娘たる資格があるのだ。%%};←流石に「旗艦」ではないものをそう言ってしまうと変な誤解を生んでしまう
-なお、&color(Red){角状のヘアバンド};は、長門型戦艦の''前艦橋上部にあった旗旒信号用の張り出し''を模したもの。前艦橋の下後部の旗旒甲板からこの突起まで信号旗用ロープが張ってあり、状況に応じた旗を掲揚していた。
--ちなみに同じ高さの甲板に測距儀が置かれているのだが、(普通は測距儀の位置は固定されているのに対し)なんと艦橋主柱を中心とするレールの上を&color(Red){''測距儀そのものが移動しながら旋回する''};。
測距儀が縦に二段重ねになっていたり変な例は数あれど、測距儀そのものが移動するのは長門型を始めとする八八艦隊計画戦艦くらいのものである。
-真珠湾攻撃の際の暗号電文を打電したのは彼女であるがその電文は「ニイタカヤマノボレ1208」と色々バレバレな暗号?電文だった。天然なのかもしれない
この電文に一番驚いたのは米軍の暗号解読部門だったとか。
ちなみに陸軍は「ヒノデハヤマガタ」と一応は日時がわからないようにしていた
--んなわけない。新高山登レ1208は海軍D暗号により暗号化されたのち、柱島中継で東通放送系で送信された
--直接電文を発信したのは千葉県の船橋送信所である。
#region(日本の暗号事情)
--余談だがアメリカが日本の暗号解読で相当苦戦したのは、鹿児島出身者同士の鹿児島弁での国際電話だったという伝説がある
---ベルリン駐在武官の野村直邦中将が潜水艦U-511で帰朝する際、外務省と駐独日本大使館の間でスケジュールの打合せをするのに米軍に盗聴されるのを覚悟の上で国際電話を使用した。盗聴されてもわからないようにするために、鹿児島出身職員同士で会話をした。
当然米軍に盗聴されたが、早口の鹿児島弁だったため、そもそも日本語かどうかすら判別ができなかった。米軍自身が暗号にインディアンのナバホ族同士の会話を使用していた((これを「コードトーカー」という))こともあり、アジアの諸言語まで検証した。
2ヶ月後、米陸軍情報部に勤める鹿児島出身の日系人が「翻訳」して、ようやく内容がわかった。
---解読に時間がかかったためか、U-511は無事に日本に到着した後で、帝国海軍籍に入って呂500潜水艦と改称した。
---ちなみにこの方法による最初の通信は5月の野村中将が出発する1週間前のことで、東京からの「モ タタケナー」(もう発ったかな)という問い合わせに対しドイツからは「モ イッキタツモス」(もうすぐ発ちます)と答えるなどしたという。こうした国際電話による連絡は、連合軍の爆撃により中継局が破壊されるまでの1か月ほど続けられた。
#endregion

-戦後、第二復員省(旧海軍省)へ船を借りに来た捕鯨業者に渡されたリストのトップに長門の名前があった。
--当然ながら戦艦が捕鯨母船に適するはずもない。捕鯨業者は「港でスロープの付いた軍艦を見かけた」という情報を聞いて、「それなら捕鯨ができる。名前がわからないけどそれを借りに行こう」と交渉を持ちかけたのだ。
結果、名前がわからないため第二復員省からGHQへ「横須賀軍港にいる艦船全部」のリストが渡され、そのトップに長門の名前があったのだ。
---実際に捕鯨船として借りたのは、当たりをつけていた第一号型輸送艦(第9号、第19号など 排水量1500トン)であった。
---……が、2014/6/6のアップデートで実装された[[大鯨]]の入手方法が後半海域でのドロップ限定であったことから、長門を編成に組み込んで掘りに出掛ける提督も出現。まさかの''捕鯨戦艦長門''実現である。
-さらに時は流れて21世紀。ひゅうが型に続く新しい&color(Silver){%%ヘリ空母%%};ヘリコプター護衛艦「22DDH」が建造された。
この艦名の選定時、一時は有力候補として「ながと」が浮上したが、最終的には2度の大戦を潜り抜け、半世紀活躍し続けた巡洋艦「出雲」から「いずも」と命名されることとなり((名前が見送られた原因として、大戦時の連合艦隊旗艦であったこと、帝国海軍の象徴だったことによるネームバリューの大きさがあげられる。近隣諸国に配慮したという説もあるが、そもそも「出雲」は日中戦争の上海派遣艦隊の旗艦を務めた艦である。))、およそ70年ぶりの長門復活は幻となった。
--なお、民間では「ながと丸」と言う名の船は数多く存在する。
-遺構はあまり残っていなかった長門だが、終戦時の接収作業を指揮した将校がフルサイズの軍艦旗を独自にアメリカに持ち帰っており、巡り巡って日本のTV番組「開運!なんでも鑑定団」に出品された([[放送>https://www.youtube.com/watch?v=U3TQPy1vjlY]]は2005/09/27)。
同番組の司会を務めるタレントの石坂浩二氏はこの品を私財で買い取り((評価額は1000万円))、呉市海事歴史科学館に寄贈[[(寄贈式典の様子)>http://www.kure-news.com/news/000114.html]]。現在、同館の収蔵品となっている。
*この艦娘についてのコメント [#a6f29504]
#region(過去ログ)
#ls(長門)
#endregion

#pcomment(./コメント4,reply,15)

&size(13){''&color(Red){建造成果の報告は[[建造レシピ]]内にあるコメント欄に、&br;ドロップ報告に関しては[[出撃ドロップ]]内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。};''};